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世相にみる花と樹木の民俗誌
実施日時
平成20年6月19日(木) 10:00〜11:50
場所
市川市市民会館2F会議室
受講者数
44名
講師
湯本
庶務
佐山・和波
オブザーバー
菅野・桐山・山内・栗田・高野・小島・中野・小山・佐藤
概要
西洋的自然観は、神があり、神が人間をつくり、そして人間のために自然をつくった。 つまり、神→人→自然という縦系列の自然観である。それに対し日本人の自然観は、自然は神が宿るところであり、神と自然は一体のものである。神→自然→人間という循環システムによる、森の民の自然観である。
いまから約6000年前の琵琶湖粟津湖底遺跡からアフリカ原産のひょうたんの種子が見つかった。日本最古の栽培植物で、花づくりを最初に始めたのは縄文人であった。
梅は、弥生時代に中国から渡来し、奈良時代に全国に広まる。花の中の代表格で、その匂いが悪魔を追い払うという思想があった。梅下に入ることは、遊楽よりも健康法で あり、招福除災の信仰があった。梅の一枝を折って、女は髪に、男は冠に挿す、簪(かんざし)の風習があった。
平安時代以降になると桜が代表的な花となる。吉野の蔵王権現の御神体が桜用材で彫られ、桜木が保護された。花見は神を招き、神人和合して楽しむことから始まり、後には人間本位に変わった。日本人の特殊な遊びである花下遊楽という習慣を作り上げ、その極みは、慶長3年(1598)、豊臣秀吉の「醍醐の花見」であった。
本居宣長の「敷島の大和心を人問わば朝日ににほふ山桜かな」の歌を、国学者の大国隆正が賛美し、桜を日本人の心の象徴だとした。宣長が「花は桜木、人は武士」と桜花の美しさを賛美したのに、散り際の鮮やかさを、人生の散り際の美しさを重複させ、死の美学を生んだ。いさぎよく散る桜は、軍人の象徴となり、軍国主義は教育にまで及ぶ。
一年のうちの節目となる五節句は、迎える神に供物をささげ、神と人とが共食する日である。来訪する神を迎えるものとして、木や花が立てられる。上巳の桃の節句(3月3日)、端午の菖蒲の節句(5月5日)、重陽の菊の節句(9月9日)などである。
古来、毒草と人間の関わりは深い。枝を焼肉の串に使ったためにアレキサンダー大王の軍隊を倒したキョウチクトウ、常用の長寿薬として用いていたものを増量したために草本学者白井博士の命を奪ったヤマトリカブト、母と妻を実験台にした華岡青州の麻酔薬のチョウセンアサガオなど生と死を分けたドラマがあった。
江戸時代の園芸は、支配階級の貴族的趣味に始まり、徳川家康はじめ歴代将軍は花好きであり、参勤交代を通して全国各地から珍しい花木・草本が江戸にもたらされた。中期以降には、庶民にまで広まり、園芸は文化の主役となる。元禄のツツジ,正徳のキク、享保のカエデ、寛政のカラタチバナ、文化・文政のアサガオがそれぞれのブ−ムを代表するものであった。
享保年間(1716~35)関西で始まったキクブームが引き金となって、珍花・奇花時代が訪れた。特に斑入り植物が人気を呼び、町人文化の最盛期の文政年間には園芸狂乱時代となった。カラタチバナ一鉢、最高200~300両(米7000俵に相当)の値がつき、現代の相場で1億2000万円というバカ高値をよんだ。
江戸の代表的作物といえば、徳川吉宗の命により青木昆陽が普及に尽くしたサツマイモ、徳川綱吉が栽培を始めたという練馬大根、綱吉が命名したといわれる小松菜である。当時小松川や葛西は、江戸の生鮮野菜の供給地としての役割を担い、その運搬には、舟が利用され、小松川・小名木川・墨田川・神田川を遡って神田市場で競りに出された。
競りを終えた舟は、下肥を積んで帰ってきた。人糞尿を肥料として利用するので、落とし紙の代わりにシリフキッパを用いた。名の由来となったフキをはじめカキ、トチノキ、アジサイなどが用いられた。山村では、捨ン棒といわれる木を短冊型に割った木片で拭い取った。割れやすいツガ、ヒノキ、サワラ、スギなどの木材が用いられた。
夏の風物詩として「朝顔市」と「ホオズキ市」がある。アサガオは、平安時代に薬としてもたらされ、江戸時代以降は鑑賞用として栽培された。早朝の朝顔売りや鬼子母神の縁日の朝顔市が盛んになったのは、明治以降である。ホオズキは子どもの疳の虫封じの薬として、芝愛宕権現で売り出されたのが始まり。浅草寺では、鑑賞用として親しまれ、ホオズキ市は現代に続いている。
盆景が盆栽のルーツといわれ、中国で原型が起こり、奈良時代から平安時代に日本に入ってきた。日本人は、自然をそのまま自分の生活空間に縮めて入れようとした。一番の園芸好きの家光が大事にしていた五葉松が、樹齢450年を経てなお健在である。350年間、誰かがいつも手入れをして、形を整え、水をやり、何代もの、何人もの人たちが一つの木の命を守ってきたというところに、盆栽の醍醐味がある。
以上
(報告:湯本)