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漆の話―掻き師 出稼ぎ旅路の果て
実施日時 平成19年6月21日(木)9:30〜12:00
場所 市川市市民会館
受講者数 32名
講師 湯本信康
庶務担当 遠坂、佐山、和波
オブザーバー 国安、菅野、小林、町原、桐山、小山
概要
《漆の起源と語源》
蜂が巣を作る時、巣と木に枝の接着に漆液を使っているのをみて、漆が接着剤として効果があることを知ったのが起源といわれる。漆はもともと日本にはなかった植物で、中国から日本に渡来したのは、縄文時代より以前である。漆を使った最古のものとして、縄文前期(5000年前)の福井県鳥浜貝塚の赤漆を塗った櫛が出土している。
《漆の木》
ウルシ科ウルシ属は8種類あり、日本には
ウルシ・ヤマウルシ・ツタウルシ・ハゼノキ・ヤマハゼ・ヌルデの6種類ある。このうち漆液が採れるのはウルシの木だけである。温潤で、日当りが良く、水はけの良いところが適地といわれ、山の中腹以下の斜面に植えられる。
《採取法》
漆液の採取は樹齢8年〜10年前後のものを対象として行われ、6月上旬から11月まで180日間続けられる。1本からの採取量は樹齢10年の木で200グラムくらいである。
採取法は、木が長生きするように隔年ずつ掻き採る養生掻法と、木を掻いた年に木全体の漆液をとり尽くす殺掻法の二通りある。一般には殺掻法が主流で、掻き採り終わった木は伐り倒す。切り株から出た孫生(ひこばえ)を育て、8〜10年後にまた漆液を掻く。
《採取方法》
1シーズン(6ヶ月)に採取する400本の原木を4等分し、100本を1日で掻き、4日間で一巡し、期間中20数回繰り返す。
採取した時期により呼称が異なり、品質にも上下がある。盛夏の40〜50日間に採取したものは品質がよく、盛辺と呼ばれる。その前20日間のものは初辺、あとの20日間のものは遅辺と呼ばれ、品質が落ちる。
《漆の精製加工》
採取したばかり漆液のことを荒味漆といい
これを精製加工して塗料とする。荒味のゴミを濾過したままの漆液を生正味漆という。荒味漆を攪拌し(ナヤシ)、加熱して水分を蒸発させて(クロメ)、透明漆にする。ナヤシ、クロメ作業の中で鉄粉を添加して黒漆にする。
| 成分 | 生漆 | 精製漆 |
| ウルシオール | 59.5% | 84.4% |
| ゴム質 | 7.1% | 8.9% |
| 含窒素物 | 2.6% | 3.5% |
| 水 | 30.8% | 3.2% |
『漆の話』より
《漆の正体と乾燥のしくみ》
漆はいったん乾くと,じつに強靭になる。
漆が乾燥するしくみは、漆の中に含まれているラッカーゼという酵素が働いて、水分の多い空気中から酸素を取り入れ、ウルシオールを酸化するからである。ウルシオールの含有量の多い漆ほど良質といえる。
漆の乾燥には湿度と温度が関係する。適度の湿気があると良く乾く。温度が4℃から60℃までと、80℃を超えると乾くようになる。漆を塗ったものは温度25〜30℃、湿度75〜85%に保たれた「漆風呂」という引き戸のついた棚に入れて乾かす。金属焼付けは高温硬化を利用したもの。
《かぶれ》
漆のかぶれの原因はウルシオール(漆酸)の毒性で、これが発散して感作性皮膚炎こす。漆をよく乾かすとかぶれない。
《出稼ぎ漆掻き職業集団》
越前国今立郡(福井県東部)には、江戸時代以来、漆を掻く専門的職業集団がいて、各藩の要請で、「往来手形」や「漆職人」という鑑札をもって、信濃・下野・甲斐・常陸など各地に出稼ぎにいった。江戸初期の日光東照宮の大造営に際し、幕府が「御用漆掻人」を越前の者に命じた。
《越前の漆掻き》
越前は古くから刃物の産地で、農耕に向かない山間住民が鎌を携えて、全国に出稼ぎにでた。明治41年の統計では福井県の漆掻き職人数1600人、うち他県への出稼ぎ人は1560人いた。毎年植え付けを済ませ、4月に出発し、帰国は11月から12月上旬まであり、決して越年はしなかったという。
1シーズンの採取量は、一丁前で75kg、
年収80〜120円でかなり良かった(小学校教員で10円)。
《奥久慈の漆掻き》
水戸藩は漆を奨励作物とし、幕末に那珂川・久慈川沿いに漆苗10万本を植え、越前漆掻き人を毎年3,40人呼び、採った漆を「水戸漆」と名づけて江戸で売り出し、藩の財政再建に貢献した。明治15年に漆生産量は2.7トンあったが、近代化の波とともに植林や開墾の邪魔になる漆の木は伐採され、明治44年には0.3トンに落ち込んだ。
《南部の漆掻き》
越前からの出稼ぎ先は、岩手県二戸郡と青森県三戸郡に限られ、彼らは「越前衆」と呼ばれた。初めて出稼ぎに入ったのは、明治5
年頃といわれ、明治10年代頃から活動が目立つようになった。鉄道のない時代で、越前から南部まで徒歩で一ヶ月かけて出かけた。
南部での活動が盛んになると、出稼ぎ先に定住して漆掻き人も現れ、定住者は30名を数えた。越前衆は、殺し掻き法を広め、切れ味のよいカマやカンナを普及させ漆増産に貢献した。昭和28年頃から代用漆のカシューが使われるようになり、生産量は激減する。
《漆産業の現状》
@ 国内の漆産業
生産量・輸入量・消費量ともに減少傾向にあり、需要量約100トンのうち、中国からの輸入が98%を占めている。
A 国産漆生産量(府県別)
総生産量1,340kgのうち岩手が800kg(60%)、茨城が298kg(22%)、以下栃木、新潟、福島、京都、岡山の順である。
B 国内漆消費の現状
国産漆が使用されているのは、漆器や文化財の修理・修復・美術工芸品の塗装といった分野に限定されている。優れた品質を誇るが、外国産に比べると非常に高価。
《大子産漆の復興》
茨城県産のほとんどが大子産で、国産漆最高の品質で、世界に誇る透明度である。現在漆職人はわずか6人で、しかも70〜85歳と高齢化と後継者難が悩み。地元では「摺漆実技講習会」を開催し、漆掻き技術の継承をめざす人材の育成に努めている。
| 産地 | ウルシオール | 水分 | その他 |
| 大子産 | 72.3% | 20.1% | 7.6% |
| 日本産 | 67.3% | 25.1% | 7.6% |
| 中国産 | 65.0% | 27.5% | 7.5% |
大子町ホームページより
《浄法寺漆の振興》
岩手県産漆のすべてが浄法寺産。二戸管内には220ha,42万本の漆原木が造林されている。「日本漆掻き保存会」は全国より若手の研修生を受け入れ、後継者を育成している。地元では、「漆は地域の宝」として、観光資源としての有効活用と漆文化の発信等、漆振興戦略を展開し始めた。
英語で頭が小文字のjapanは漆、漆器をさす。漆は日本文化を代表する存在であり、
大事にしたい宝である。
(報告:湯本)