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チラット覗き見、虫こぶの世界
実施日時 平成19年5月24日(木)10:00〜12:00
場所 市川市市民会館
受講者数 41名
講師 遠坂 弘
庶務担当 和波、佐山、小橋
オブザーバー 渋谷、萩埜、小山、増田、山口、小島、龍門
概要
スライドを、プロジェクタを使いスクリーンに投影しながら講義を進めました。まとめにはVTR「虫こぶの知られざる世界」を観て貰いました。
また次回6月7日の野外実習の参考にしてもらうため、デジカメで撮影した虫こぶ写真30数枚のスライドショウを行いました。
虫こぶの生態、生活史は顕微鏡で覗くミクロの世界で、当初考えていた以上に複雑、多様であり、参考文献も少なく講義準備を進めれば進めるほど段々と自分の手に余るように感じるようになり、一方受講者の理解度のことも考慮にいれ、レベルを入門程度におきました。
1 虫こぶの定義 (日本では1400種以上も虫こぶが見つかっている)
定義
「寄生生物の影響で植物の細胞、組織、器官が病的に過成長や過増殖したもの」
「動物や寄生により植物に生じた生長と分化の異常」
虫こぶまたは虫?(えい)とよぶ。えいはこぶ、たまの意である。しかし虫ばかりでなくダニ類、線虫類、細菌、菌類によっても作られるのでまとめてゴール(GALL)とよぶ。
つまりゴールは生物の寄生の影響で植物体の細胞に生長や分化の異常がおこり、奇形化したり肥大化あるいは未発達におわるような組織や器官。
(註1) 組織とは
同じ系統の一群の細胞が集まって特定の生理作用をなす措置。ほぼ同形・同大で働きも似通った細胞の集団。集まって器官を組み立てる。植物では柔組織、表皮など。
(註2) 器官とは
根・葉・花など特定の機能と形を持つ部分。一種又は数種の組織が一定の秩序で結合する。生物体を構成する一部分が特定の生理機能を有し形態的に独立したもの。
(註3) 未発達でおわる例
アオキミフクレフシの場合、アオキミタマバエが寄生すると果実の発達の途中で停止し果実が変形する虫えい。正常の大きさに達しないがこれもゴールと呼ばれる。
2 ゴール形成の仕組み
植物体にゴール形成者がつくと相互作用によって虫こぶが生ずる。オーキシン(植物の
生長を促進する物質の総称)などの植物ホルモン、タンニン、形成者の分泌した消化酵素、アミノ酸など形成者からのなんらかの物理的・化学的刺激が引き金となり植物体側のホルモン・ホルモン様物質のバランスが変化しゴール形成に至る。これには1対1の対応が見られる。即ち、昆虫ごとに虫こぶを作る植物が1種か数種決まっていてそれ以外の植物には虫こぶをつくることができない。
一対一対応の例 (コナラとタマバチ)
| ナラリンゴタマバチ | ナラメリンゴフシ |
| ナライガタマバチ | ナラメイガフシ |
| そのほか | ナラメカイメンタマフシ |
| ナラハタイコタマフシ |
3 ゴールのつくりはどんなものか
種々の構造のものがある。葉にできるゴールだけでも、葉表に向かってふくらんだ簡単なもの。二枚の葉がもとになってできる複雑なつくりのもの。卵が植物組織内に産まれる場合の方が一般的には複雑なつくりのゴールが形成される。
その例 タマバチ
最内層に栄養素が、その外側に保護層がある。幼虫は栄養層の細胞を食べて成長する。また表皮内に産卵されるとその付近の細胞が崩壊して幼虫は次第に内部に陥入する。やがて入口は閉鎖し幼虫周囲の細胞が増殖、成長して虫こぶになる。
4 ゴールが見られる植物
@ 寄主となる植物は双子葉類に集中、裸子、シダ植物に少ない
A 虫こぶは葉や茎に多く根には少ない
B 虫こぶが多種類に作られる植物 ヨモギ、エノキ、ヤナギ、イスノキ、エゴノキ
ヨモギ類
ヨモギクキワタフシ・ヨモギシントメフシ・ヨモギハエボシフシ・ヨモギハシロケタマフシ・ヨモギハベリマキフシ・ヨモギクキコブフシ・ヨモギクキツトフシ・ヨモギナガズイフシ
ヤナギ類
ヤナギエダマルズイフシ・ヤナギエダコブフシ・ヤナギシントメハナガタフシ・イヌコリヤナギハアカコブフシ・オノエヤナギハウラケタマフシ・シダレヤナギハオオコブフシ・シバヤナギハオモテコブフシ
エノキ類
エノキハクボミイボフシ・エノキハトガリタマフシ・エノキハツノフシ
イスノキ類(アブラムシによるものが10種類以上ある)
イスノキタマフシ、イスノキハコタマフシ、イスノキエダナガタマフシ、イスノキエダコタマフシ、イスノキエダチャイロオオタマフシ
エゴノキ類(タマバエ、アブラムシによるもの)
エゴノネコアシ
註 エゴノネコアシアブラムシによって4〜5月に虫えいが形成される。有翅虫は7月に出現し、二次寄主であるイネ科のアシボソへ移住する。10月にエゴノキに戻る。
5 ゴールを作る生物(ゴール形成者)
大部分は動物で主要なものは昆虫、ついでダニ、線虫である。昆虫ではタマバエなど
ハエ目が半数を占め、ついでタマバチなどのハチ目、そしてアブラムシ、キジラミなど のカメムシ目の順になる。
双翅類(タマバエ類)腹翅類(タマバチ・コブハバチ類など)半翅類(アブラムシ・
キジラミ類)の昆虫、ダニ類
5−1 タマバエ
虫こぶをつくる昆虫で最も種類が多く広範囲の植物群に虫こぶを作っているのはタマバエ類である。タマバエ科のハエは4500種ほど知られその約半分は虫こぶをつくるという。
タマバエ類は広範囲の植物群に作る
キク・ブナ・ヤナギ・マメ・バラ・スイカズラ、ヨモギ科などに多い。
ブナ科でもタマバチと異なりコナラ属に少なくブナ属(ブナ、イヌブナ)に多い。
5−2 タマバチ
虫こぶを作る昆虫の代表的なものの一つにタマバチ類がある。タマバチのタマは虫こぶの意。
タマバチ類はクヌギ・ナラなどブナ科植物を中心に虫こぶを作る。なかでもクヌギ・コナラなどコナラ属が多い。多くのタマバチでは両性世代と単性世代とを交互に繰り返し世代ごとに虫こぶの形態に差がある。
タマバチ類によるクヌギやコナラの虫こぶ
| 虫 | 単性世代虫こぶ | 両性世代虫こぶ |
| ナラメリンゴタマバチ | ナラネタマフシ | ナラメリンゴフシ |
| クヌギエダイガタマバチ | クヌギエダイガフシ | クヌギハナコツヤタマフシ |
| ナラメイガタマバチ | ナラメイガフシ | ナラワカメコチャイロタマフシ |
註 (単性世代とは) メスだけで子を生む世代。
(両性世代とは) 雄と雌とがあり受精によって次代をつくる世代を両性世代という。
その他 ウイルス類、マイコプラズマ類、細菌類、菌類、ワムシ類、線虫類、ダニ類、
アザミウマ類、カイガラムシ類、グンバイムシ類、カミキリムシ類、ゾウムシ類、ガ類、
6 虫こぶ内の幼虫の排出物の始末のいろいろ
茎に虫こぶ作る蛾の幼虫は髄の内壁を削って食べ糞は内部に貯めておくが進入部から外に押し出す。ヤナギの葉につくるコブハバチは虫こぶ内に貯めておく。
アブラムシやキジラミの幼虫の排出液はワックス状物質で包まれ幼虫の体を汚さないようにする。タマバエ・タマバチの幼虫では虫こぶを脱出するまで排出しない。
7 名称のつけかた
タマバチ類、タマバエ類、アブラムシ類による虫こぶでは次のようになる
寄生植物名 + 虫こぶの生ずる部分 + 虫こぶの形態的特長 + フシ
| 植物名 | 葉縁・葉・芽・根など | 玉状・袋状など | 虫こぶ |
| イヌブナ | ハ | ボタン | フシ |
| ブナ | ハアカゲ | タマ | フシ |
| サクラ | ハ | チヂミ | フシ |
植物名の一部を略した例
エゴノネコアシ(エゴノキ)
イスノナガタコフシ(イスノキ)
8 虫こぶの利用
虫こぶには一般にタンニンが多く含まれている。虫こぶの利用はタンニンの利用といっても過言でない。
★ 薬にする
紀元前(460から375年)に始まる。タンニンには傷口や潰瘍の出血を止め分泌物を減らす効果や下痢止め、消炎剤・解毒剤の効果がある。お歯黒の習俗も虫歯を減らす効果。
★ インクを作る
中世以来ヨーロッパのインクの多くはブルーブラック系のもので書いた。当初はインクブルー、のちに没食子などのタンニンと酸素などの反応で黒い沈殿を生ずる。この沈殿は紙の繊維内にも生じ安定している。
没食子をつくるタマバチはインクタマバチと呼ばれている。
★ なめす
獣皮の主成分はコラーゲンなどのタンパク質でタンニンで処理すると変性、凝固する。タンニンによってなめされ革になる。
★ 染める
没食子や五倍子に多量に含まれるタンニンは鉄分などとの反応によって布などを黒色系の色調に染めることができる。
★ 食べる
虫こぶはその内部に昆虫などの食物となる栄養層を含むのでそれなりの栄養価をもつ。しかしタンニンなどの苦味・渋味を有するので人間の食用としては一般に利用されにくい。マコモタケ、ススキのタマバエフシ(茅茗荷)
★ そのほか
入れ墨、お歯黒、花材、除草
9 有名な虫こぶ
★ 没食子(もっしょくし)
中近東のナラ・カシ類にインクタマバチによって作られる虫こぶを乾燥したもので古くから医薬品、染色用、皮なめし用として利用されていた。シルクロードを東へ唐から奈良へそして現代へと伝えられた。東大寺正倉院保存。
★ 五倍子(ごばいし)
ヌルデの葉にヌルデシロアブラムシがついて生じた虫こぶヌルデミミフシの乾燥品。タンニンの含有量50%以上。主に高級和服の染色用に利用。
(註)18世紀の「和漢三才図会」に「塩麩子(えんぶし=ヌルデ)の木に五倍子(ごばいし)を生じ、塩を省略して「ふし」(附子)とした」との記述がある。
五倍子はヌルデシロアブラムシによる虫えいである。この五倍子(フシ)に形が類似していたり、含まれる成分(おもにタンニン)が似ていることから虫えい、ゴールをフシと呼ぶようになった。
ヌルデアブラムシの生活史についてはVTR[虫こぶの知られざる世界]参照
秋に五倍子(耳ふし)の開孔部から飛び出した有翅胎生雌虫はコツボゴケ、オオバチョウセンゴケなどに飛来し幼虫を産む。
この幼虫は白い分泌物を被って吸汁しながら越冬する。アブラムシの二次寄主としてコケ類が利用されることは珍しい。春に有翅の成虫になりコケを去りヌルデに飛来し無翅のメスと雄を産む。
交尾した雌(無翅両性雌虫)は1頭の雌を産む(卵ではない)。この雌がヌルデの新梢に辿り着き 翼葉に定着吸汁し始める。やがて虫体は組織に包まれ虫こぶがつくられていく。
この虫こぶ内で単性生殖が行われ雌が雄を産みつけ秋には有翅胎生雌虫を生じて分散する。
★ 笹魚
ササウオフシのこと。将軍吉宗のころ長谷川忠の「飛州志」に、笹(チシマザサなど)の枝に魚状のものができ笹魚と呼ばれるとの記述があり竹の病ではないかと述べている。
★ ナラゴウ
ナラメイガフシのこと。平賀源内は「木に餅のなる弁」で瘤のようなものがあり「吉に非ず、凶に非ず、餅に非ず、実に非ずまた今年あるに非ず」とし木の病であるとしている。
★ イスノキの虫こぶ
アブラムシ類による虫こぶ。小虫の脱出孔があり、胡椒入れにしたり、瓢箪代りにするため、瓢の木(ひょんのき)という。笛にして遊ぶ。
★ マタタビ(雌雄別株)の虫こぶ
「和漢三才図会」に果実に雌雄の別があり雄の実はナツメのようで雌の実は五倍子のようであるとの記述。雌の実とされているのがマタタビミタマバエによってつくられるマタタビミフクレフシと思われる。
マタタビの語源として果実に2種類あるので貝原益軒の「大和本草」での説に「マタツ実」のツは休め字であるとしている。
(参考文献)
虫こぶハンドブック 薄葉 重著。
日本原色虫えい図鑑 湯川淳一・枡田 長 共著
虫こぶ入門 薄葉 重著。
虫こぶはひみつのかくれが 湯川淳一著。 ほか
(報告:遠坂)